空の境界 ∩ Fate/stay night

Introduction

空の境界、略してらっきょと呼ばれる奈須氏の描く講談社ノベルスから発行上下2巻の小説。Fateとの世界観の繋がりを考察してみる。

「 」に残る疑問

読み進めていくにつれ、「 」という存在があることを、蒼崎と荒耶は口にしている。最も気になるのは、台詞中でこれをどう発音しているのかということなのだが。この本の世界観に則って言えば、名前を発音することすら抑止力が働く対象となる、若しくは既に働いているということが考えられる。ということは執筆者も以下云々となってきりがないわけだけれども、とりあえず発音可能であると描かれている根源の渦「 」は、存在としては別のものであると認識できるだろう。

文脈から判断すると、根源の渦は大きな力の塊であり、「 」はそれを行使する方向性を定める大いなる意志というような意図で語られている。「 」という存在に意志はないということは語られているが、それが何らかの方向性、志向性を持っていることには変わりはない。

また、奈須氏の描く物語は全てほぼ共通の世界観で描かれているようなので、これからの作品にこの存在がまた語られることになるのかもしれないと予測している。Fateでも、その「 」という固有名詞こそ語られないものの、その存在自体は暗に示されていることなのだから。

士郎と遺伝体質者

彼には魔術の才能は全くないんだ。祖先や両親が魔術師だったわけではなく鮮花のような遺伝体質者さ。鮮花が燃やすこと以外できないように、彼は言語を口にすることしかできない。だが──この手の遺伝体質者は限られた能力だからこそ、私達のように積み重ねられた血統にはない領域にまで踏み込める。ゴドーワードは、その領域にわずか十年で達した怪物だ。

この部分を読んだとき、士郎の固有結界の能力の在り様にも似ているなと思った。

士郎の場合、封印指定が下る可能性があるという箇所まで同様。しかし封印指定というのはどういうことをされるんだろうか。蒼崎燈子は研究が続けられないということを言っているので、研究をする立場ではなくされる立場から魔術師として目指している目標への段階としての実験体標本状態にされるということに近いのだろうことが窺える。

以前、私は士郎の固有結界による魔術魔法?プレミアムファンブックによると、魔術師が目指す最も簡単な魔法で魔術最大の奥義らしいは10年前の火事が少なからず原因ではないかと考えていたが、間違ってはいるがあながち見当違いというわけでもないようだ。

まず、玄霧皐月の偽神の書ゴドーワードと衛宮士郎の固有結界の共通点は、どちらも決して祖先や親が魔術師ではないという点。ただし、衛宮士郎に関しては、過去が明確に記されていないため正確な情報ではない。士郎の能力の起源は火事以前の過去で疑問点を挙げているが、これらの内裏付けられるものは突然変異という状態に近いだろう。

ただし、この仮説で考えると、玄霧皐月は生まれつきであったのに対し、衛宮士郎の場合は切嗣に指南して貰い、初めて魔術というものを自覚するに至る。そして突然変異の状態がいつ起こったかということは、ひとつにそもそも生まれた段階から身についていた、もしくは後天的に身に付けたという2点があげられるが、玄霧皐月と違い、衛宮士郎には魔術という自覚と他者と違うという自覚すらなかったため、生まれつき特異能力が発現していたと言う訳ではなさそうだ。となると、どうして発現したかという疑問が浮かび上がるわけだが、それについては後述する。

起源覚醒

……起源というのは、その無秩序な法則を遡る術なんだ。魔術師の中にはね、前世の人格を自己に憑依させてその能力を行使する輩もいる。自分が生まれる前の自分の能力を、時代を超えて引き継ごうという試みだ。

(中略)

全ての元である渦の中で、閃く稲光のように発生する何らかの方向性。"……をする"という意味づけが流れて、その流れに適った物質を象り、時としてソレは人間になる。始まりの因で発生した物事の方向性というのかな。根源の渦という混沌で生じた"……をする""……をしなければならない"という衝動。結局、すべてのカタチあるものがそうであるように仕組んでいる絶対命令。この混沌衝動をね、魔術では起源という。

(中略)

魂には起源という鋳型がある。我々はわかっていても、存在の因となる方向性に逆らうことだけは出来ないんだよ。

衛宮士郎は起源覚醒者ではないか。

遺伝体質者で投げかけた疑問は恐らくここに行き着く。遺伝体質者としての素養を持っているにも関わらず、衛宮士郎本人には魔術の存在を知るまで認識されなかったという事実。ここから考えられるのは、衛宮切嗣の指南により自覚したのではなく、第四聖杯戦争時の火事が起点となっているのではないか、と考えたほうが正しいのではないだろうか。

だが起源覚醒者というには、あまりにも士郎は自分を律することができている。蒼崎燈子の話によると起源というものは自己に認識されてはいけないらしい。起源に近いほどそれに引きずられるもののようだ。だから、この場合覚醒というよりも、起源に近くなったと言ったほうがいい。

そう考えることも可能ではないだろうか。

衛宮士郎の起源はと考えられるが、士郎には剣よりも寧ろ理想アヴァロンだろう。

なぜなら、衛宮士郎は理想にだけは逆らえない。自分が存在する規定そのものを理想に預けている。件のUBWと相反するHFですら、彼は自分の理想を貫くことを放棄することなどできていなかった。

Reference URI

  • トラックバックのURIhttp://glas-gather.org/mt/mt-tb.cgi/134です。

Breadcrumbs List