Höhle Seizoen

Buchstabe

誰もいない屋上。その中に遠坂と二人きりでいるというのは、やはり危険度が高い。だが習慣というのは恐ろしいモノで、よっぽどの事態がなければ垣根を軽く越えてしまうのだ。屋上に昇っていく時に周囲を見渡すという緊張感が最近少し薄れがちであるということは、自分でも自覚している。

蒔寺とは以前廊下でぶつかってからというもの、見つけられ次第付け狙われている気がする。ただでさえ遠坂と一緒にいるのだから、蒔寺でなくともやはり注意を払うことを忘れてはならないのだ。

遠坂は手には箸だけを持ち、こちらの弁当箱からブロッコリーの和え物をひょいっと摘んでいく。

……さっきのは、俺が食べたかったものだったんだが。

とりあえず遠坂による先制攻撃というのは予め取り決められているらしく、俺はその後余ったのを追うのみだ。まぁ、遠坂との食事もいいもので、こんなやり取りでも彼女らしさが窺えてほっとする。美味しく食べてくれるのなら尚更僥倖である。しかしやはり、箸を伸ばした先に横からひょいと取られていくというのは少々口惜しい。──……くそぅ、赤いあくまめ。

「あ、そういえば」

以前は桜と遠坂の性質の悪いジョーク──といえるのかどうか──に惑わされ聞いていなかったのだが……。

「遠坂、桜が送った手紙ってどんなモノだったんだ?」

「へ──?」

ときょとんと目を丸くしたかと思うと「ああ、あれね」と言い、唐突にゴソゴソと鞄の中を探り出した。

あの時の、桜の挙動不審且つ怪しげな行動をとられれば否が応でも気になってしまう。で、思い出した今しがた、こうして聞いてみることにしたのだ。

しかしなんだってコイツは鞄を昼休みまで持ち歩いているのか。もしかすると、魔術に必要なストックが鞄の中に仕舞われていて、貴重品だから常に持ち歩かなければならない、とかなんだろうか。遠坂のコトであるから、その線は非常に可能性の高い推察だった。案外調合に必要な危ない劇物なんかも仕舞われているのかもしれない。

「ちょっと、衛宮くん。今変なこと考えてたでしょ、顔に出てるわよ」

「え、そんな顔してたか、俺」

「してるも何も、衛宮くんは無意識に顔に出やすい性質なんだから今更よ」

と、遠坂は半目でこちらを睨んでいたが、「いいけどね」と言い不満そうに鞄の中から例の手紙を探し始める。

そういえば何だって、鞄の中に桜が送った手紙が入っているのだろう。SOS発信は少なくとも送信され、受信完了した筈だ。なのに何故、未だに鞄と同様に持ち歩いているのか。

「……む。手紙をずっと鞄の中に入れてるのか」

そう言うなり、遠坂は暫し硬直し手をぶんぶんと横に振り出しだした。ははは、と力なく笑いながらも、どこか顔を赤らめている気がする。

「だぁ──っ、そんなコト気にするなぁ!」

百面相のように表情変化する遠坂は、学校の屋上であるというにも関わらずがーっと咆哮した。

うん、面白い。

遠坂が俺で遊ぶのが楽しい、と言った理由が少しだけ理解できた気がす────

『くっ、衛宮が女狐に毒されてしまうとは。遠坂め、色仕掛けとはかくも怖ろしいものなのか。喝』

と、一成が言っている様が突然脳裡に映し出される。

そうか、俺遠坂化しているのか。案外、アーチャーのヤツももしかすると遠坂に影響を受けて、柳のように受けつつ切り返すという技を発明したのかもしれない。

……俗に、これを遠坂遊びと言う。

「はい、これよ」

やっと見つけたのか、遠坂は手紙を鞄から取り出し、目の前に差し出した。

桜らしい薄桃色をした封筒に、それを封緘したシールは何やら濃い桃色をしたハートマークに切り取られている。これだけを見ればラブレターか何かのようだと勘違いする人もいるかもしれない。

「ん、どれどれ────」

*

『助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けてくれ。連絡も求む。』

「────待て」

この、いかにも呪いがかかっていそうな便箋は何事なのだろうか。文面を読み上げるだけでホラーゾーンに突入してしまいそうだ。いや、最後の部分だけは間違ってないんだけれども。桜は俺の言葉の何を聞いていたというのか。そういえば、『連絡求む』だけ書いてくれ、と言ったにも関わらず、その前にしゃかしゃかと必死で書き殴るようなペンの音が聞こえていた覚えがある。更に、桜は修正をすることもなくそのまま封緘してしまったのだ。ならばこの内容は『連絡求む』とだけ書いてくれ、と言う前の気持ちを率直に代弁したものであるとは言えないだろうか──

「いえない、絶対いえない」

「何よ衛宮くん。一人でぶつぶつ呟いちゃって」

ああ、きっと桜は必死さが足りない分を補って余りあるほど表現してしまったのだろう、そう思うことにする。

……しかしマズイ。遠坂の目にはこの手紙がどう映ったのだろうか。今それを確認することが急務される。

「遠坂──この手紙どこかおかしいな、と思ったことはないか」

「え、そうね……衛宮くんにしてはSOS呼びすぎだとは思ったわよ。ほら、以前わたしも手紙を机に入れて渡したことあったでしょ。あれと同じだと思ったからそれ以外は然程気にならなかったけど」

ええと、内容はホラーサスペンス風味にラブレターとして送り届けろという遠坂家の家訓でもあるのでしょうか……?

不覚だ、と項垂れる俺を見て、遠坂は何やら不吉な笑みを浮かべていた。「へぇー、へぇー」なんて新しい玩具を手に入れたように喜ぶ赤いあくま。

「そうね、これ借りと思っていいのかしら」

「──ぐ。それは……桜が書いたものであってだな。俺が書いてくれ、と言ったのは最後の箇所だけだ」

「でも衛宮くんの気持ちを代弁したものであることには変わりないわけでしょ? 少なくとも助けを求めていたわけだし。桜が衛宮くんが言った事に対して嘘を吐くわけないものね。衛宮くんは桜を信じて、自身の気持ちを代弁してくれるよう桜に頼んだ。ならこれは桜が代筆した衛宮くんのありのままの気持ちってことで受け取れるわけだ」

すっかり遠坂のペースである。

俺は多分、先ほどまでの遠坂遊びを今更ながら後悔している。

「ところで──さっきわたしで遊んでくれれたことは忘れてないわよ、勿論」

とにっこりと頬を綻ばせた笑みは、その、非常に怖い。

「すまん、悪かった」

正直に謝っておく。

すみません、遊びが過ぎました。申し訳ありませんでした。

「いいわよ、もう。わたしだって士郎でさんざん遊んでるわけだしこれでおあいこよ」

俺が一回で、遠坂さんは無限回で釣り合いがとれる、と。

……ちょっと泣きそうになった。泣いてない、泣いてなんてないからな。

「──これ、桜の手紙っていうか……士郎が初めてくれた手紙じゃない。ちょっとね、助けをわたしに求めてくれてるってのが嬉しかっただけ」

遠坂は、ふん、と言いツインテールの髪を揺らしてそっぽを向く。

「────」

背後からの奇襲。俺は為す術もなくその言葉に陥落した。

……遠坂、それは卑怯だ。だって中身はともかく外は紛れも無くラブレターで、遠坂自身はそれを俺からの手紙だと認識している。だから、それはやっぱり俺からのラブレターだということになって──

「う、あ──」

逆に、こっちが赤面してしまうのだ。

「え、ちょ、ちょっと……そんな赤くならないでよ。そんな、こっちまで赤面しちゃうじゃないの」

それはムリというものですトオサカさん。

階下から聞こえる人の流れが、昼休みがもうすぐ終了することを知らせている。遠坂は少し居た堪れなさそうに「うー」と言いながら箸を布で包み立ち去る準備をしていた。

「あ、もうお昼終わるみたいよ。じゃあ先に出ているから士郎は後から、ね」

そそくさと逃げるように遠坂は屋上を後にする。

──昼休みが終わる予鈴が鳴る。

「──はぁ」

俺は赤面した顔をどうやって元に戻したものかと思案し、屋上の風で暫し頭を冷やしていた。

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