Versprechung des Goldes
授業が終わると、顧問である藤ねぇが何やら腕にプリントを抱えて教室に入ろうとしていた。どうやらそのプリントはマークシートのようなものでできていて、冊子となり教室の人数分──要するに約40名──の紙束らしい。時折ずり落ちそうになる紙束を揃えつつ、教室に入ろうとする様は難儀そうだった。
「藤ね──……じゃない、先生、手伝います」
そう言って、無理矢理藤ねぇの腕から半分紙束を抜き取って教壇の上に置く。
「うう、助かったわ。ありがとう、士郎」
藤ねぇは教壇に置かれた紙束の上にもう半分を乗せる。この重い荷物を持ちながら階段を昇ったせいか、肩を叩いて身体を休ませていた。そろそろ年なんだろうか──などと言ったら多分殺されるので言わない。流石に教室内にて一対一、それも猛獣を相手にするのは御免被る。
ところでこれは何なのだろう、と紙束のほうを一瞥する。配布用のプリントではなく、何かを書き込むための用紙であるということが窺えた。
「これ? ほら、春にカウンセラーの方が赴任してきたでしょう。スクールカウンセラーって士郎も知っているでしょうけど。それで生徒の心理状態を調査するみたいよ。研究──というか、論文に提出するサンプルとして必要だからその材料にするみたい。勿論匿名性はあるみたいだから、カウンセラーと本人だけしか結果は分からないようにするって」
「ふーん……そっか」
相槌を打ちつつ、その紙束を眺める。
「先生も見てみたいんだけど……、わたしは士郎のことよく知ってるから性格診断っていうのは必要ないと思ってます。士郎限定だけどー」
そう言って藤ねぇは先生としてではなく、いつもいる姉として微笑んだ。
目の前にいる虎は姉であったり、情けない居候だったり、時に先生という聖職者であったり、へんてこな料理を作る人でもある。その中で、ここぞというときにはいつだって、こうやって檄を飛ばしてくれるのだ。だから、もし別れがくるとしても戻る場所があるのだと、待っている人が居るのだと考えなければならない。
破れない約束が確かにある。忘れてはならない決意も確かに。
だがそれは、いつか相反する事象として自分を苛むのではないか、という自分でも気付かない蟠りとして常に沈潜している。
*
「──で、衛宮くんはどうだったのよ」
開口一番、遠坂はそんなことを聞いてきた。
放課後、文化祭の出し物やら何やらの取り決めで割合遅くまでかかってしまった。
祭りの前と後では断然前の方が楽しい、と言うように、その楽しさの禍根を残すようにして机は乱雑に、奔放に移動されている。床には準備というだけあって紙やメモの残骸が散らばっている。誰もが帰ってしまった教室の中、その後始末をするように掃除用具入れから教室のちりとりを手に取り、残骸を拾い机を整然と並べていく。
遠坂も文化祭のことで遅くまで残っていたらしい。最近はバイト続きだったものだから、こうやって遅くの放課後で顔を付き合わせるのは久しぶりだった。
「どうって──何がだ」
「勿論テストの結果。テストっていっても心理テストの方だけど……師匠として聞いておかなくちゃいけないでしょ」
「む、必要なのか、これ」
机にかけた鞄から、貰った数枚の用紙を取り出す。
細かい数値が書かれてはいるが、決して判りやすいものではない。いや、素人目ではきっとこれを解読はできないだろう。結果としてでた数値をそのまま表しただけなのだから、解釈はまた別のマニュアルを用意しなければならないのかもしれない。
遠坂は机に寄って来ると、一番近くの机から椅子を引き座った。その座り方も様になっていて、スカートを引き寄せて座る様はやはり今でも憧れの念を呼び覚ます。……やっぱり、いつみてもこんなの詐欺だと思う。一成はともかく、遠坂が廊下を通り過ぎる度に遠坂さんだ、と男連中は密かにその軌跡を見る。遠坂本人がイメージされる全体像とあまりにもかけ離れていることに、騙されている皆が無念でならない。
「そうね、これって本人の意識無意識に関わらず浮き出す投影法だから。勿論出た結果に当たり外れがないように投影法は知能テスト、その他の投影法や心理テストを総合して判断するの。そうすればいずれ本人の深層心理に近付いていく。士郎は自分の何がダメでなにがイイのか自覚しないといけないから、わたしが監督としてついて判断するのよ。その一貫としてそのペーパー見せてもらうつもりなんだけど」
と遠坂はにこやかに微笑んでいるが、その言い回しには少し不安が過ぎる。
「ってことは、遠坂に深層心理が知られてしまうって事か」
「……何よ、何か文句でもあるの」
「いや、それはない」
不肖の弟子として遠坂にはこれからも色々と苦労をかけるのだから、取り敢えず後で色々と言われることが判ってはいても見せないわけにはいかないのだ。そうは思うが、僅かに湧いた不安が消えるわけでもなかった。
「うん、いい心構え。じゃあ見せてもらうわよ」
手に持った用紙を遠坂に手渡し、椅子に腰掛ける。
一方渡された方の遠坂は、読みあげる作業と解釈を同時に行っているのか、押し黙ったままだ。細かい作業のときに掛けるらしい眼鏡を掛け、テストによる結果は数枚に印刷された用紙を交互に見比べている。紙を捲る音だけが放課後の教室に響いていた。
「うー……」と遠坂は唐突に悩むような声をあげた。
「遠坂、何か分かったのか」
「そうね……。ちょっと士郎もこの用紙を見て」
そう言われたので遠坂の方に顔を寄せてみる。長い髪の間から清潔なシャンプーの香りが漂ってきていることはこの際気にしないことにした。
用紙にはソンディテストと書かれ、数字と記号が表となって印刷されている。これが今日行ったテストの題名であり内容だった。藤ねぇにしてみれば、これに一体何の意味があるのかと首を傾げることしきりだろう。数字や記号にはめっぽう弱いのだ、藤ねぇは。
「士郎、これ真面目に受けた?」
遠坂が聞いてくる意味が判らず「ああ」とだけ頷いた。
「……こういうのは専門でないと判断するのはすごく危険なことなんだけど、素人目から見ても士郎の衝動構造は変よ」
「──────」
何か、とてつもなく失礼なことを言われた気がする。
「よく普通に生活できてると思うわ。士郎、あなた生きてる?」
気がする、ではなく明らかに失礼なことを言われていると思う。
「──遠坂、その言い方はあんまりじゃないか」
「わたしもそう思う。でも、これって心理士にも知られちゃうわけか……。あ、でも待って、統計としてとるとしたらそんなに気にするまでもないかもしれない」
遠坂は何やらぶつぶつ呟いていたかと思うとこちらに向き直り、
「士郎は無意識──要するに根源に繋がる人間の衝動、というのは魔術の基礎知識として知ってる?」
唐突に先ほどとは違った話を切り出してきた。
「魔術は切嗣に少しずつ話として聞かされてきただけで……遠坂ほど知ってるわけじゃない」
確かに名前だけなら聞いたことはあるが、それについて明確な理解はあるか、と言われれば否定する。
「そう。じゃあ説明するけど──このソンディテストというのはソンディという人によって運命分析理論を確立する為に生み出されたものよ。ハンガリーだから、本場のロンドンとは違って魔術に関して特筆したところはないけど……ヨーロッパ、その中でもドイツは魔術に近い考え方をした神秘学が発展したところだから、魔術に繋がる考えも当然あるわ。というか、心理学でもよく知られているユングやフロイトも、結局は神秘をどうやって体現しようとしたか、に尽きるのよ」
「ああ、その二人は倫理の授業で聞いた事がある。確か、ユングのほうは錬金術がどうのとかだった気がする。けどそんな事よく知ってるな、遠坂」
「知ってる──っていうか、多少関わりのあることだし、興味が無いわけじゃないから本で読んだことがあるだけだけど」
多少の興味でも、そこまで様々な知識を自分のものにしている遠坂は凄いと素直に感心する。
「そういえばそっか。士郎は色んなことに興味が湧いて手をつけていられるほど器用じゃないものね」
前言撤回。自分が不器用ならば遠坂は紛れも無く器用貧乏に類されるのではないか、と言いたい。言いたいことがあるならはっきり言え、と遠坂がこちらを睨んでいるが黙っていよう。自分が不器用だ、ということは認めるにしても、遠坂ほどの器用さがあれば十分すぎるほどで、そういう人間からあなたは不器用だ、ということを言われている気がするのだ。
遠坂は「とりあえず話を戻すけど」と言い、一呼吸置いてから話し始めた。
「ユングは個人の世界を研究し、その仮定で曼荼羅とか神話とか、錬金術とかそういう神秘と関係性のあるものを自己とつなげようとした、と言ってもいいわ。ユング心理学であるアーキタイプ、アニマ・アニムスなんかも、“根源”と似たような考え方だから、基本的にユングは魔術の神秘を薄々感付いていたのかもしれないわね。要するに、ユング心理学は魔術の基本的な考えと似通ってる……というか、使用する言葉そのものが似てるのよ」
ユングは『心理学と錬金術』や『神話学入門』など、人間の象徴性を軸に色々な著書を残している。いわゆる、後期ユング心理学と呼ばれるものだ。
死者、自我、無意識、神話、神秘──そのどれもが未だ科学では立ち入ることのできない領域。それを科学によって知らしめようとした業績は素晴らしいものだが、それには限界があった。言葉による限界である。
映像(パトス)、言葉(ロゴス)、どれをとってもそこには一定量の限界があり、無限を阻むのは常に人自身だった。神秘学も例に漏れずその限界に阻まれ、妥協を許さざるを得なかった。言葉によって規定する学問は、それ自身によって自滅している。
「──で、このソンディテストも同様に、“根源”から向かう“衝動”──混沌衝動を図るテストだと思えばいいわ──志向性でもいい。士郎も知っているように、魔術は魔術師の内から生じるオドから、魔術回路を通して魔術として外に向かって発現させてる。で、士郎やわたしの内側に向かって突き詰めると“存在を存在と規定つける因子”ってものがあるわけ。ひとつの言葉で規定付けるのはすっごく難しいんだけど、こうやって分解された状態ならわたしでもなんとか組み立てることができる。ヒトが『無意識』に行動して行く方向性、志向性を起源っていうのよ」
「ってことは──その“起源”っていうのは“根源”とはまた違うのか」
俄かに難しい話になってきたが、“根源”からの衝動というからには、“起源”というものはまた違う意味合いを含んでいるのだろうか。
「違うわよ。根源は方向性を持たない渦、起源はそこに発生したどこに向かうかを示した矢印のようなものと捉えることはできるけど、それに一つ一つ名前がついているように、そのどれもが同一では有り得ないわ。起源は根源へと回帰する願望──なんて言えるかも知れないけれど、回帰した先の結果がどうなるかなんて魔法を視ることに近いんだから結局は判らず仕舞い。わたしもせいぜい自分の因子と方向性を分解された状態で視ることができるだけよ。まぁ、このテストはそれを可視化して“起源”を探る、みたいなものと考えればいい。魔術と考え方は同位なのに魔術とはまったく違った方向性だからあまり充てにはならなけれど、参考にはなるわ」
どうやら、このテストによって“混沌衝動”──“起源”──を探ることが可能だ、ということは理解できた。つまり、この用紙に印刷された四つの遺伝圏というものに分解された混沌衝動が俺そのものの因子、方向性を持っているということになる。
「……遠坂は俺の“起源”が変だ、と言いたいんだな」
「そうよ。説明したけれど、この四つの遺伝圏は“起源”に近いものを現してるようなものよ。士郎は明らかにバランスがおかしいわ。なのに、普通に生活できてる」
「む、遠坂は俺が変に見えるのか」
「変──だけど、変じゃないわよ」
変な言い回しだ、と思う。遠坂は自分の言葉が意味不明だということが分かっていたのか付け足すように、
「言葉の通りよ。テストに出ている結果は変だけど、士郎は確かに士郎なんだから」
そう言い、むーっと唸るようにして俺の方を見た。そんな遠坂を見て、心の奥にあった不安の棘が一気に抜けていく。そんな言い方は卑怯だろう、遠坂──
「じゃあ、見た感想をこれから言うけれど、士郎は冷静に受け止めることができる?」
「──ああ、もちろんだ」
遠坂は大事な話に限ってそれを後回しにする。そのお陰で覚悟だけは既に完了していた。
じゃあ、と咳払いをし、机から椅子を少しだけ引いて姿勢を正した。
「何度も選んでいるものがいくつかあって衝動自体は一方方向に極端に高いのよ。集合愛欲求が高いかな……あと良心善意アベル欲求。あんた、どんな顔を嫌いだと思ったのよ」
などと胡乱な目つきでこちらを睨んでくる遠坂。
「いや、俺は嫌いだとかそういうことを思ったことはない。嫌いっていうよりも──一歩引けてしまうようなかんじだ」
それは、遠坂のいう“衝動”とは正反対の方向性を持った人間なのだと、奥深くで感じている所為なのかもしれない。もし無意識である“衝動”というものが誰にも存在するものであるとするならば、それが自分に対して訴えかけてくるのだ。いずれ自らの願望と衝動に対して立ちはだかり、正反対の方向から打ち崩そうとする者だ、と。
そう、いつだったか──そういう人間が、以前自分の前に現れたのではなかったか。
「それだけならまだ正常よ、寧ろ良いやつよ──ただ普通の人間にしたら歪んでて変なだけ。予想通りではあるんだけど、ここまでとは思わなかったわ」
遠坂は何かに対して怒っている。ただ彼女の俺に対する怒りも、どこかで見たような既視感があった。これはいつの記憶だろうか。遠坂は目を伏せがちに楽しかったかと聞いてくるが、自分にはその出来事が途轍もなく勿体無い事の様に思えて、きっと俺は心から楽しいと感じてはいなかった記憶だった。
性衝動と接触衝動は本能的なものの衝動であり、感情発作衝動と自我衝動は大脳新皮質系の役割を果たすものらしい。その中で俺は性衝動と感情発作衝動というどちらの種類も、同様の方向性に強く位置付けられている。接触衝動に属する粘着留置肛門愛欲求というすごい名前のものは執着性格を示すらしく、頑固者であるが尋常ならざる誠実さを持つ、と遠坂は言う。
だが、俺自身にそんな聖人君子のような自覚はない。そうであれと願ったことに対して、ただ単純に突き進んできただけの人間だ。それが必要だった、必要だから、埋めた。
「そこまでは、士郎が持つ方向性だからわたしだって納得できる。──問題はこの次。自我衝動は文字の通り強い自我、強い理性を示すものよ。それなのに……ここまで強い衝動を持ちながら、何故かここで唐突に自己を否定する要素が混じってる」
頭をガツンと殴られたような衝撃と同時に、少し眩暈のようなものが襲ってくる。何故だかは判らないが心臓が早鐘のように鳴り出していた。
「いえ、あまりにも強い欲求だからこそ、それを抑えつけるために、強い自我を用意するしかなかったのかしらね──」
『理性』というものは社会に適応する為の必要不可欠なものであり、必要十分条件だ。過ぎた水はそれ以上の密閉空間と圧力により、ようやくその容積を減らしていく。
耐えられない、とその中にある水が告げているのに、それを封じ込めるひたすらに頑強な超自我。
もしその“衝動”がどうしても到達し得ないものだと識った時、俺は一体その“衝動”をどこへ向けるだろう。このような人間ならば、収まった無風状態の中に自己殺害と言うアポトーシスが発生する。記憶にあるのは、俺がアーチャーに殺されかけた、という事実。それが何よりも俺が■■だと告げているのではないか。どこまでいっても同一。それは鎧ではなくその中身そのもの、空洞のなかに存在する存在。彼とカレはただ単純に言うならば、殺す対象が違うだけ。
──俺はそんな人間なのだ。
今『この世界』に現界しているアーチャーも俺と“起源”は同じものであるから──
「──っ、ぁ……」
ふと浮かんだ考えに違和感を感じ、思考を止めた。
「士郎、聞いてる?」
「あ、ああ。聞いてる」
少し前まで考えていたことを覚えていない。少し溜息を吐き「大丈夫だ」と自分を落ち着かせるようにして言葉に出す。
何かが食い違っていて、それに対して考えようとすると決まって視界がブレる。その内容はすっかり忘れているのだから、少し気味が悪い。一体、今何を考えていたのだろうか。
「とにかく、士郎はわたしのような人間が必要ってことよね」
うんうん、と遠坂は何かを納得したように頷く。神妙そうに頷きながらも、どこかこちらをバカにしている含みを持たせているのは気のせいではないだろう。だが、それが遠坂の優しさなのだ。
「そうだな。確かに遠坂は膨張憑依欲求みたいなところあるし」
正反対の俺といい勝負だ、と一瞬石の様に固まった遠坂を見ながら思った。赤いあくまなのだから、あんな悪事やこんな悪事を瞬時に色々と思いつくに違いない。
「……前から思ってたけど、士郎ってストレートに毒舌吐くわよね」
はぁ、という大きな溜息が遠坂の口から漏れる。
「う、すまん」
遠坂のあまりにも遠まわしの毒舌よりもマシじゃないか、と思うがこれもストレートな毒舌の範囲に入るのだろうか。
「悪気がないから余計悪いわよ。これからもどんどこ見張ってないと、どこ突っ走るか分かったものじゃないんだから」
「……ああ、多分俺は遠坂に見張ってもらわないとだめだ」
「自覚あるんじゃない」む、と口を膨らませてこちらを睨む。
──姉との戻る場所。彼女と交わした遠い約束。
恐らくその二つは相反するものなのではなく、決してしがらみとなるようなものでもない。それを決めるのは自分自身であり、自分の中にある衝動に折り合いをつけていくのも自分自身以外にない。そういう生き方を──何が美しく、何が正しいのかを常に追い求めていくのが衛宮士郎の生き方だ。
──ねぇ、人並みの幸福はそんなにつまらない?
いつか、どこかで聞いた言葉が反芻される。
──つまらないわけないじゃないか。
その日々は黄金にも似て、動かすことすら躊躇うほどの眩しさがある。丁度、目の前の夕日の時のまま永遠に続くように。つまらない、とでも言わなければ何もかも投げ出して縋ってしまうかもしれない──それは幸福であり恐怖だ。
通常、人間にとって恐怖と好奇心は等価値である。恐怖であるからこそ新しい境地に踏み込むことが出来る。その身を暗闇の中へと投げ出すような恐怖があるからこそ誰かの為にその身を投げ出すことが出来る。日々前進する営みは、全て世界に対する恐怖に満ちている。その時、衛宮士郎にとって恐怖は幸福と等価値となる。この黄金の日々を崩そうという信念を保たせているのはひとえに、根源から来る恐怖心に他ならないのかもしれない。
ぬるま湯のように動く黄金の日々。
“みんな”でいること──“みんな”が喪われないこと。
誰であろうと別れは辛く苦く、時として一人の人間に大きな禍根としてそれは残る。だからきっと、この世界は誰もが望む“瑕”一つない理想郷。だが、その“瑕”は確かにあったのだと、その“瑕”は喪われないのだと──衛宮士郎はその“瑕”にこそ価値を見出す。
“瑕”一つない世界など、間違っている。
“瑕”があるから──人は日々前進できる。
「なら、誰かの為にもひきずりだしてやらないとな」
ふと、そんな言葉が口を吐いて出た。
遠坂は顔に疑問符を浮かべて「どうしたの」と聞いてきた。
「──不肖の弟子だが、宜しく頼む」
手を彼女に向けて差し出すと、同じように握り返してきた。
「不肖も不肖。“みんな”で目に穴が空くぐらい監視してやるから」
目の前の遠坂が笑顔でいるのだから、この言葉は忘れられない約束になるだろう。
また一つ確かな約束が増え、黄金の空白は日々の営みと約束によって埋められていく。
“瑕”一つない輝きは消え、“みんな”の手によってそれは宝石となる。
It filled in Middle fragment. Let's go to look for Last fragment.
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