STEEL

STEEL-スティール-という作品をプレイしてみました。やはり予想されていた通り「どこまでも救いがない」ゲームだなぁという感想です。人によってはそれが「吐き気がする」と言ったり後味が悪いといった不快感情を表すこともありますね。「悲しみ」に限らず、笑いもまた人によって吐き気がするといったり全く笑えない、不快といった不快感情を起こすこともあるわけです。 STEELは少なくとも、主人公の壊れっぷりが最高だと思える人ぐらいの耐性を持ってる人じゃないといまいち受け付けにくい、ということだけは断っておきます。しかもそういう展開が毎度のようにあるので。耐性というか、そういうものが面白いと思える人でないとちときついのではないかと。

設定もきちんとした土台があってキャラクターも良くギャグも笑ってしまうようなものなので、18禁ゲーとしては創作するという意気込みが伝わってくる良作だと思います。笑いのツボが人によって違うかもしれませんが、秋月との天然漫才コンビはテンションあがり、主人公のギャグにとても和みます。驚いたのは最初の遭遇戦での出来事が思わぬ伏線を孕んでいたということです。ちょっとこれには驚いた。

ところで私が鬱なストーリー展開を好む理由としては、決して自分が鬱になりたいとかなどというものではなく、なんとなくですが、主人公が壊れていく様や他者からは恐らく不幸だなと思われる事態が、眠りに落ちる寸前のまどろみや夢のような安心感、或いはカタルシスを呼び起こすからだと感じています。いわゆる自己催眠療法といったものに近いのではないかなと。

例えば小説や鬱ゲーでも、鬱もののストーリー展開が主目的として扱われている作品は、大概主観的な要素が色濃く現れています。主人公に感情移入させることによって、より大きなカタルシスを作者・読者両者共得ることができます。

通常、他者に伝えられない感情など90%以上なのかもしれません。言葉ではなく感情の発露が行き詰まった時、その細い路を自分で作りあげていく、感情の糸をほつれ合わせ太くしていく、などといった曖昧な表現しかできませんが、カタルシスを得ているというのはそんな感覚がします。自分など血栓が詰まってるかのように閉じていることも多いのでこういう風に息抜きすることも必要なのでしょう。

ある意味、残虐な印象を与える作品も誰かにとってはカタルシスなのかもしれません。

どこまでも救いがない、けれどそういうのを求めてる人にはおすすめの作品だと思います。

あと鬱ゲーに関してですが、恋愛ゲームゾーニングマップというものがあったので自己判断ですが描いてみました。

恋愛ゲームゾーニングマップ

とりあえず自分は鬱は純粋で反吐が出るほどの鬱から、泣いてしまうピュアな鬱まで許容範囲は広いつもりです。

鬱と萌えが両極にあるのは頷けます。自分も萌え要素はあまり求めていないため、自然とこうなるのでしょう。萌えゲーと泣きゲーって重なっている部分があるのではないでしょうか。

萌えは恋愛ゲーに少なくとも必要不可欠だという前提で言えば、Fateは燃えゲー特化と鬱ゲーのライト、steelは鬱ゲーフェチに分類できます。結局はライトであるほうが多くの属性を内包できるし、また多くのプレイヤーを獲得できるということではないかな、と思います。だからこそ地雷と呼ばれるものも内包してることになるわけですが、地雷となるものが分かっているということ自体一方方向に傾倒していることになり、そもそも傾倒してる人間自体少数派なわけだから、やはり売れようとしたらいろんな要素を詰め込んだ方がお得というわけです。

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