危ない格言

自分は新書が好きでよく大型書店に足を出向かせては新書コーナーを見て回る。周囲はスーツ姿のおじさん達やおじいさんばかりだ。多少浮いているがまぁ気にしない。好きな新書は洋泉書。PHP新書、ちくま新書、もそれと同様に見る。講談社現代新書や岩波新書は知識や教科書的な側面の強い本が多いが、これらは思考実験のような書物が多い。ゆえに好きだ。

今回面白いなと思った本の一文を引用してみる。

目的をあえて設定せず、欲望をかき立てたり、それに引きずられることもなく、更に「夢」など持ちもしないで、日々に起こること、出会う人々を心から享受して、快活に生きている人間は、この社会と国家にとって、ほとんど犯罪者にも等しい悪人であろう。

私は爆笑した。あーそうだよなぁと思うと同時に、この精神性は人間にとっての目標であり憧れであるのに、仙人と呼ばれる人物が何故隠遁する存在なのかということを如実に示している。寧ろ、欲望に身を任せ引きずられ敢えて夢を持ち日々に起こることに不満を持ち続ける人間こそ社会と国家という目に見えないが確かに形作っているものにとっては都合がよいのだろう。

何がそこまで爆笑できたのかは私自身にもよく分からない。ただ言えるのは、流行やイメージ先行型の流れに懐疑の念を抱いた者はこれにあてはまることが多いだろう、ということだ。

夢を持たない人間は、「夢を持て」という子供のころから聞かされ続けてきた言葉に対して罪悪感を感じるだろう。「何故自分は夢がないのか」と。今あることが幸せな人間は、様々な商品にあれこれを手を出す者を見て、「自分は変なのだろうか」と思うだろう。

そうあれれば幸せだろうな、という生き方そのものが罪悪であり孤独であったという皮肉が笑わずにはいられなかったのかもしれない。

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