想像力
今後もマスコミは若者の犯罪をクローズアップし続ける。漫画や映画が原因云々などという根拠を作り、あたかもマスコミ自身には責任はないと言いたげなことばかりを言っているが、マスコミ自身は何も人間に影響しないと言うのだろうか。漫画や映画だって影響するように、マスコミも影響するであろうし、環境も家族も友人も大いに影響する。その影響をどう受け取るかは本人の心的状態と向かうベクトル要するに下地によることでしかない。責任の所在がどうなのだと議論する事は愚の骨頂であると私は見ている。事後処理としては意味を持っているが、それが主な問題点であるかのように言うのはおかしい。ついついあたかもという単語を使いまわしたくなるのはマスコミによる報道がそれだけ虚飾に満ちているということだ。
子どものうちから沢山の情報を浴びせれば影響を受け、何らかの心理的影響は齎すだろう。だが、子どもは人形ではない。情報を取捨選択する際、たとえ子どもであっても最低限、嫌いなもの、好きなもので分別し、そして個々人のスキーマやノードによって分類・細分化し、自分なりの行動をする。影響を受けた中にも、自分なりに斟酌し消化して自分の考えの中にどう取り込もうかそれなりにでも考え、悩んだり苦しむものだ。だが悩まずにそのまま自分の中に取り込んでしまう人間も中にはいる。自分の中に基準となるものが無いため、全ての情報を受け入れてしまうのだ。
彼等は、言葉は覚えるし寝食に関しては正常だ。一見見ただけでは人ごみにまぎれば違和感などない。何故簡単にそういう判断を下してしまうのか。彼等はこの処理を言語化することが難しく、自分でもどういうプロセスを経てこのような性格になったかなどは知りようが無い。ゆえに病識がない。自分自身を把握するにはまず言葉を通じた想像力が必要である。自分がどういう脳のプロセスを経たのかを考え葛藤しない、自分の中に自分の脳を監視するホムンクルスを置くことが困難なのだ。他者を意識できない共感性の欠如した犯罪と言われるものの大半は、予め脳の心の理論に関わる機能の障害があったか、もしくはそのようになるストレスホルモンの分泌を受け障害が起こっていると考えている。
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