醒めるという現象

サイトの更新というものは最初の頃がすごく楽しい。ほとんどの昨今作られているWEBサイトが、自分で何かを作っていくという云わばおままごと感覚であるものが多いだろう。男性なら飛行機作りであり、女性なら他者とのコミュニケーションとなる。ただし、これは傾向としてであって、必ずしも男女共々目的がこのような志向であるということではない。

その中で自分で自由にできるという実感を得られる。ただ現実と同じく折り合いをつけなきゃならないんだなーと、頭では分かっていても浮かれてるときがある。それが初期のサイト運営のときなんだと思う。

それが実感としてひしひし感じ始めたときちょっとずつ醒めてくる。醒めない人は飽きない。最初から自由に何もかもが創作でき、Webという制限の中での箱庭を求めていない人は飽きない。

最初から箱庭を求めていない人は以下に分類される。

その他、暇であるからという理由は求めていないにしても次第にのめりこむ率が高いと思われるため入れない。

求めていたものはここにはないと思うことで醒めるという現象が起こる。

これはモラトリアムモラトリアム状態の人間が醒めるという現象を起こしやすいといえる。モラトリアムは自己の安定感を絶えず求める時期のことだ。このタイプでは、自己実現のために必要なものがあればいつまでもサイトを運営する意欲はあるし続けることができるが、そうでない場合は次第に意欲を失っていくこととなる。

例えば男女差で自己実現の目的が違うと考えられるが、男性では思想、力の公開と継続が、女性ではコミュニケーションの力と継続ということがいえる。男性はその力が弱まり十分に発揮できなかった場合であるため、他者に影響される頻度は掲示板などで名誉を誹謗されるような事態が起こらない限りは低いといえる。また女性の場合、コミュニケーションを主とし、また掲示板というツールを用いて絶えずその人格と実力を誇示したいという意志が少なからず働く為、他者に影響されやすい。現実的に見てみれば、女性の閉鎖、仮閉鎖、縮小など様々な用語を用いてコンテンツを削除する行為に及ぶ頻度は高いといえるのではないか。

目的が自己の思うとおりにならないと思う。だから醒める。それが箱庭を求める人の醒めるという現象だろう。

なら、目的そのものを変えてしまえば醒めるという現象は起こらないのではないか、という考えもあるだろう。例えば、コミュニケーションが主とした目的であるならコンテンツの強化にあたれ、などという文句がそうである。だがこれは難しい。なぜなら、自己実現のための製作というものはそのものが満たされなければ本人にとっての成功とはいえないのだ。たとえコンテンツ充実を図りカウンターが廻ろうが、それは空しさだけを煽り尚更閉鎖という二文字への一途を辿りかねない。

そういうわけで、運営するときはどうでもいいと念じながら運営すると良い。サイト運営を同じサイトで続けることが難しいと殊更に言われているのは、サイト運営自体に価値の重みを置き過ぎて、それが逆に負荷や負担でしかなくなってしまうからである。やめたくない、けどやめてしまいたいと醒める一歩手前まできて考え悩んでいる人はこう考えるといいのではないだろうか。どうでもいいと考えることもある種の諦観であり醒めるということだが、自分から選んで考えたということが何より大事である。他者に圧迫されて選んだ醒めるとは全く質が異なるものだ。

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