絶望×恍惚/未来 ------------------------------------------------------- 【glas-gather】 http://glas-gather.org/ 真皓 伽夜 [とても鬱な話。] ------------------------------------------------------- 【ご注意】  これは、とある人間の残した日記といふものです。二次感染として、食あたり、減退感、億劫感、ひどい場合中毒症状を引き起こす懼れがあります。読み進めるにあたって、この点御了承して頂けますようお願い申しあげます。(絶望×恍惚/未来有限会社)  ※お詫び……文字化けで読解不能な部分があります。  この物語はフィクションです。    煤i♂)=¶∫∂×$℃£%Δ    自分から何をとったら何が残るのだろう?    そんな疑問が高校になって、初めて疑問に思ったことだった。  それは、周りの空気が受験の、あの真剣な空気に圧倒されるようになって半年経ってからのことである。  遅すぎた。  何もかも。  いや、過去形はまだ早いなどと言う学校の教師の言葉は、信じることが出来ない。  大事なことは何も言わないからだ。それでも両親側は教師信奉が未だに続いている。教師はサラリーマンで、生徒の心まで立ち入るほど暇じゃ無いというのに。責任の押しつけあいをしている。教師から出る言葉はどことなくウソ臭く、信じる気にも、ましてウソでも縋り付いてやってやろうという気も既になかった。  彼らは何にも言ってくれやしない。  何のために、生きるのかを。  その自分の中の、人生における岐路で絶望している自分を知ってか知らずか、母親や父親は、僕を怒ることも無かった。  怒って、勘当だ! とでも言って、二度と家に入れてくれなかったら、もしかしたら、今とは違う人生を歩んでいたのではないかと思う。  そのときはただ、    今までが夢で、今は現実なのだ。という事が、人生の岐路に立ったときに初めて分かった。  岐路、というと大袈裟かもしれない。  人生なんていつだってやり直しはきく。  その通りだ。  そう思う。  分かっていながら、何も持っていないという事を盾に、何をやっても無駄、と思っていたのだと思う。  そこで、「何もやらなかったら何も始まらない」という訓戒が登場するわけだが、これすらも自分には適用されなかった。  何のためにするのですか、という疑問。何をするのか、どうやって、はこの際かまわない。  自分は一人っ子である。  普通である。  普通の両親もいて、食べるものに困らず、今まで生きてきた。両親は共働きだけど、料理はおいしいし、家族で話すし、一緒にテレビ見て笑ったりもする。仲がいいのだ。  高校までの人生の大半を、学校という教育制度に費やし、それなりに気の合うトモダチと遊んだりして過ごした。  それで、何のために何をするのだ。  と愚かにも問うているのである。  馬鹿だこいつは。勝手に死んでくれと思うだろう。  そう、自分は生まれ持って馬鹿だった。  どんな努力をしようと馬鹿は馬鹿でしかない。  しょうがないのだこれは。  いつから、どうして、なんてもんじゃない。  どう足掻こうと、思考は馬鹿を脱すことはできないのだ。  そんな馬鹿であるから、友達や両親から学べるものもいっぱいあっただろうこと全てが無駄だった。  本当の馬鹿は、なにをやっても活かせないから馬鹿なのである。自分はその点で、若さを無駄にしていた。  ああ、若いってなんて貴重。  両親も、自分を取り巻いた全ての環境も、産まれ持って馬鹿な自分自身も、なにもかもが噛み合わず、不運としかいえない結果をつむぎだしてしまっただけなのだ。  馬鹿な自分も、両親の態度によっては生まれ変わることも可能だった。そんな両親は今の平和ボケした中では奇跡に近い両親だけど。  そうやって引きこもるようになった。  自然に。  けれど少しずつ「自分だけがいる」という状況に慣れてきてからだった。  とにかく、人間が憎らしかった。  だからかもしれない。外に出ればすべてを壊してやりたくかもしれない。  憎くて憎くて仕方がなかった。  どうしてかって?    バカだから分からない。  一種の病的逃避とでも言う※@♯なの‰¥しれない。  母親がなけなしの果物を、自分の部屋の前まで持ってきて、敬語の手紙を置いていくのももう恒例になった。 『花粉の季節になりました。鼻水が出て仕方ありません。父も辛そうにしながら、お仕事の真っ盛りです。早く戻ってくれることを願っています。母より』    日本語が少々変だった。  こうやって、生きていくのには困らないからここを出られないのだ。どうせなら餓死させる覚悟で放っておけば、そのうち死ねるだろうに。  そうはいかないことをよく自分は分かっていた。  生きながらえさせようというその精神。  生きていても仕方ない自分はこの筺庭のなかで、せめて静かに死にたい。  呆けている時間も徐々に長くなってきた。  一二時間寝ていても頭が鈍重になるどころか、むしろすっきりしていた。  受験の頃の、寝過ぎた時を考えれば、自分の今の状態は考えられなかった。あのときは、寝過ぎた影響で肩が凝り一日中頭が重かったのを覚えている。  躰の変化が、自分の隠遁生活の経過を物語っていた。 「人はみんな頑張っているんだ。だから頑張ってみよう」   「死んだら苦しいことは無いけれど楽しいこともないよ」    そういう言葉だけで勇気がわいて、実際に行動し、本当に有名になってみせる人間がいるから驚きである。  多分、そこには暖かい家族や友人がいたからこそであるのだろう。そうでなければ、立ち上がる勇気が沸くはずも無い。  そう、どうしようもない幸運もあるように、どうしようもない不運もあるのだ。  ああ、言ってて悲しくなってきた。  同じような人は、幸運な人と同じくらい不運な人は存在するのだと思う。当たり前の話だが。  ふいに自分の人生はなんだろうと思う。  絶望したとき、心から立つ勇気が出るなんてウソだ。  なにもかもが恐ろしくなる。  絶望に囚われ、もう逃げられない。ある種のエクスタシーがそこに存在しているからだった。  絶望と希望、それと悲しみと優しさは全く別の感情である。  自分は絶望しているが、他人に優しくできない。絶望と悲しみは違う。悲しみが自分の中にあったら絶望を振り抜けられたかもしれない。  ああ、もう過去形じゃないか。  自分がここにいるという現実が、信じがたかった。  「自分はバカかもしれない。が、誰も自分のような考えはしないだろう」なんて欺瞞に満ちた優越感にも浸った時期もあったが、このときばかりは不安というよりも、恐怖だった。  どうしてこんな世界でみんなはのほほんと歩けるのだ。  歩いて、働いて、自分の幸せを掴むためにどうしてそこまで必死に生きるのかと。  結局は    死んで    しまう    のに。  そして    死んだ    後は    自分には    関係ない    だろう    に。      たまに、人に生まれたことを後悔するときがある。  小学生のとき、フランキー堺主演の「私は貝になりたい」という邦画を童話学習の授業で見た覚えがあった。  その主人公の死刑前、最後の台詞。 『天国でなくてもいい……。今度生まれ変わるときは、人間にはなりたくはない。人間は、疲れる、悲しみ辛いことばかりだ。蛙もいやだ。だれかに食べられるかもしれない。そうだな……いつまでも海の底を漂い静かにいる貝、もし、生まれ変わることが出来るのなら……私は、貝になりたい』    床の底が抜けたところで、映画は終わった。  首吊りで殺されたのだということは、小学生の自分でも良く分かっていた。そして、どうして先生は童話学習でこんな映画を見せるのかわからないとも思った。  暗い照明の中誰もが呆然としている。  自分はなぜか泣いているのに気付いた。涙が、止まらなかった。  小学生が戦争映画の「貝になりたい」発言で涙が出るとはおかしいのかもしれない。もしかしたらあの主人公を自分に重ねていたのかもしれない。  誰にも影響されず、影響しない。  生きることも死ぬことも意味しない。  そんな意味のない存在になりたいと言っているのだ、と。  「死んだら苦しいことは無いけれど楽しいこともないよ」という台詞なぞ詭弁に思えるほどに。  できたら、なりたいけれど……    自分には、現実《ここ》しかないってこともわかっていたけれど。  首を攣って死んでやろうかと妄想した。  もしそれで死んでも、両親も誰も気付かずにずっとこのまま宙ぶらりんのままになってしまうのかもしれない。それこそ恐怖だ、なんて死んだ後の意味の無い感情までも想定した。  なきたくなる。  でも、涙は出てこない。  自分は、泣き方も忘れてしまったのだ。  さて、今の自分を将来の自分は馬鹿だとせせら笑う日がくるのであろうか。  それは幽かな希望でしかなかった。  きっと僕はもう死神に囚われてしまった。きっともうカウントダウンしているのだ。  傍で見ている。  見てくれたまえ。この醜い僕を。  いつか遊園地にいけると子どもが楽しみにするような気持ちで、僕は待っている。この手紙を書きながら。  そう決心してから、僕は気が楽になった。  未来が決まっているって、なんて素敵な事なのだろう。